2025年10月26日

演出のダッチアングル

NHKが報道した高市内閣政権発足の写真が、何故か傾いた物が多用されていて、これは「ダッチアングル」という不安を煽る手法だと批判が集中することに。私も多少なりとも写真撮影するので、この辺りの意味は感じていて、原則として水平垂直を出すのが基本。 ただ何かの意図をその「写真」に加えたいときには何らかの「演出」を考えるわけで、例えばアメフトみたいなフィールドスポーツだと、地面に膝を突いたり椅子に座ったりして、低い位置からカメラをやや上向きにして撮影する「ローアングル」だと、迫力が増したりします。で、傾いた画角の写真から感じるのは「不安定さ」な分けで、どちらかと言えば否定的な印象を与える物。

同じ「傾いた写真」でも、例えばボールを持ったRBを撮影したとき、進行方向に少し傾いた構図にすると、前方に対してのスピード感が感じられる写真になります。あるいは、ブロックとかタックルする時に、画像をいずれかの方向に少し傾けることで、その迫力感が増して感じられる事もあります。ただそう言う写真を意図的に撮影することは余り無くて、基本は水平垂直を取った「正視状態」で撮影して、後からその写真を切り出したりトリミングしたり、開店させたりという「編集」をして、自分の意図する一枚に仕上げるわけです。今回のNHKの映像が、最初からダッチアングルで撮影したものなのか、後から加工した物なの分からないけれど、どちらにしても本来の構図とは異なる構図の物を公開しているのだから、そこには放送局側の意図が隠された演出が施されているはず。それをNHKはちゃんと説明するべきでは。これが民放ならば、民間企業の仕事なのでまだ許される部分もあるかと思うけれど、NHKは視聴者から受信料を取り上げている「私達のお金で運用されているメディア」な分けですから、その視聴者が疑問を呈している事に対しての説明責任はあると思う。

仮に何らかの理由で傾いた映像・画像しか撮れなかったら、それは自分達のミスというか、プロとして「恥」な訳だから、それをわざわざ公開するのは自虐行為にしか思えない。そうであっても、トリミングなどすれば補正できる場合も有るわけで、それすらも出来ない・やらないような素材を堂々と公開するなと言いたい。だいたいこういう構図って、カメラで撮影しているから発生するわけで、人間の目で見ている限りは顔を傾けたりしても、対象物は傾いたりしません。ちゃんと補正されて、そこに有るように認識されます。傾いて見えたら、本当にその対象物が傾いているか、何らかの認識機能に障害が発生していると思わないといけない。つまり、非日常的な映像をわざわざ使用するということは、そこに提供者の意図があるわけで、それが何であるかは問われたらちゃんと説明するべきだと思う。そう言う事をせずに「適切に対応しています」という木で鼻を括るような回答をいつもしているから、どんどんオールドメディアに対しては不信感しか生まれない世の中になってきていると思う。

だいたい現在のメディアは、自民党総裁選挙で予想を外し、自公連立解消も自維連立も掴めず、高市新総理の一回目当選も外し、組閣では最大数の女性閣僚登用と言いつつもそれも的外れの結果に。とことんこれまで「不正確、不確かな報道」をしてきた立場が、その鬱憤を晴らすためにわざと不安感を感じるような素材を使用しているようにしか見えない。だいたい「不支持下げてやる」とつい本音が漏れて猛烈な批判を受けた時事通信だけれど、何故かASEAN首脳会議出発を伝える記事の写真に、今度は共同通信が無関係なそれもネガティブな印象を感じる構図のものを使用して騒動に。メディア側は、ネットの過剰反応みたいな言い訳をしているけれど、これも以前から書いているけれど今はメディアがネットに監視というか批判される時代な訳です。以前ならば、その内容や方法に疑問を感じても個人の感想で終わっていたけれど、今はその発露先としてネットがあり、ネットならば一個人の意見も世界中からアクセスされて評価される時代。同じ様な事を感じていた人が存在すれば、それは指数級数的に拡大して行くのが現在のネット社会だと、もっと深刻に考えるべきだと思う。だいたい時事通信にしても共同通信にしても、彼らはそういうニュース素材を地方など報道各社へ配信する仕事をしているわけで、責任としては大手紙が何か独自の見解を表明することは違う重要姓が存在していると思います。報道機関自体が、「ダッチロール(Dutch Roll)」しているから、自分達の写真がダッチアングルになっている事に気がつかないのだろうか(マテ)。

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