2021年8月23日

東京パラリンピック開幕

東京パラリンピックがいよいよ明日から開幕。コロナ禍の状況の中で、その開催には賛否ある事は承知している物の、個人的には東京オリンピック以上に開催する意味も意義もある大会だと思っているので、今後よほどの事が無い限りは予定通り開催して欲しいと思っています。もっとも僅かに「有観客開催」に期待していた一人としては、「無観客開催」になった事は残念だけれど、それでも開催中止よりはましだし。

何度か書いているけれど、私がパラリンピックに目覚めたというかその魅力だったり凄さを実感したのは、長野冬季オリンピックでのスレッジスケートとかスレッジアイスホッケーの試合を初めて見たときから。そのスピード感と迫力は、ベースになっているスキーの回転競技とか大滑降、あるいはアイスホッケーに勝るとも劣らない物で、正直自分のそれまでの「障害者スポーツ」と言う思い込みを、180度転換させる物でした。その後、今大会でも注目されている車いすラグビーをその後の大会で知って、「これって、アメフト以上の衝撃じゃね?」とビックリしたし。

私は陸上競技を長くやっていたから、障害者の方が陸上競技をすることもその様子も多少は知っていましたが、正直大変失礼ながら、体のハンディキャツプを庇いつつ陸上の種目を競技する、程度の理解しか無かったのが事実。足が不自由な人は、歩行用の義足を競争用の義足(板バネを加工した物)に履き替えて、短距離とか跳躍競技に出場しますが、当時の自分は「あれって、逆にバネの反発が有利にならないだろうか」程度の認識だったし。実際最近の大会では、そう言う障害を持つ人が通常の大会に出場して好記録を残してきたりしていますが、身体的ハンディキャップによる競技力の差という物はどんどん無くなっている気がします。それは、選手や関係者の努力もあるだろうけれど、装着する・利用する装具の進歩もあるんだろうなぁとも感じています。言ってみれば、短距離選手なら少しでも軽いシューズを追求してスポーツメーカーと協業したりするように、足が不自由な人なら義足を、手が不自由なら義手をと言うように、自らの装具を改善するのは昔の認識とは全く異なるベクトルに進んでいるんだろうと感じます。

そんなことを色々考えて、一寸前から障害者スポーツと以前言われている物を、もっと違う視点で見るべきだろうなと自分では思うようになって、例えば生身でタックルするラグビーに対して、防具をしっかり装着してタックルするアメリカンフットボールがあるように、今のオリンピック競技とパラリンピック競技の関係も、そんな感じの関係に変わっていくんじゃ無いかと密かに期待しているところも。勿論、だからと言って、わざわざ自分の四肢を切断して装具を装着して競技するのは間違った行為だと思うけれど、何かの理由で一度諦めた競技者が、再度挑戦できる場になれば良いことだし、それによって社会に与える影響もこれまで以上に大きくなるでしょうし。それによって、今は不便を感じることの多い例えば車いす利用者だったり、義足義手利用者、あるいは視覚聴覚障害者、さらにはそれ以外にも色々な障害を持つ人達に取って、少しでも住みやすい社会になれば良いなと。考えてみれば、これまで「健常者」と思っていた人、思われていた人も、実はいろいろな意味での「障害」を内在していたけれど社会的に認識されておらず、逆に不幸な生活を送ってきたこともあるわけで、そう言う人達に取っても世の中の人の見方や自分達の見え方が変わる重要な機会になると思いますね。だから東京パラリンピックも東京オリンピック以上の成功を収めて欲しい。 

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