2020年10月21日

新聞記事は裏を読め

 菅総理が2012年官房長官時代に出版した自著「政治家の覚悟(文春新書)」の改訂版の内容に関して、当時記載していた公文書管理の話が削除されていると、毎日新聞はご不満な様子。ただ、例によってその記事の内容は、意図的なのか無意識なのか分からないけれど、かなり恣意的な内容で、まぁ何時もの「毎日節」だなぁという印象。

この菅官房長官時代の書籍に関して、3年程前にモリカケ問題に関係して朝日新聞社の記者とのやり取りがあり、それを以下略ちゃんがまとめられています。元記事は3年前の内容で、この時は書籍に書かれている文章と、実際に記者が質問した内容の微妙な違いを利用した「引っかけ」では無いかという結論でした。で、今回の改訂版では、この時問題となった文章を含む部分が削除され、代わりに官房長官時代のインタビューが追加されて出版されています。改訂版ですから、通常の増版時にするような、誤字脱字などの修正以外に内容の変更も含まれるわけです。で、このことは毎日新聞の記事の最初にも書かれています。ただし、

「政府があらゆる記録を克明に残すのは当然」と公文書管理の重要性を訴える記述があった章などを削除。

と、記事では「~記述があった章」とその公文書保存の章が削除されたような書き方に。本当なら、「~記述を含む章」と言うべきだと、私は思うのですが。

次の段落では、 その章の主題である、民主党政権時代の東日本大震災時の経験から公文書保管の重要姓を批判していた事を記載していますが、今回削除されたのがその内容も含む章であることは記載されていません。ここまで読むと、「東日本大震災で公文書保存の重要姓を言いながら、今回はそれを削除している。」という疑問が沸いてきます。でも、光明だなと思うのが、その段落の最初が「菅氏は12年の単行本で」と、言っていることで、この時点では今回の改訂版にこの内容が含まれていないことは判断出来ません。さらりと流し読むと、「今回の改訂版では、東日本大震災の経験値として重要と主張していた公文書保管の重要姓について言いながら、その常用な部分が削除されている」ように読めます。つまり、以前は重要と言っていたことが、何故か今回は削除されている。きっと何かあるに違いない、という印象づけが暗にされているように感じるんですよね。それは、この二段落の構成だけで無く、最後の段落で「モリカケサクラ」を引き合いに出し、あの時も公文書保管をやってなかったよね。自分達が重要と言いつつ、矛盾しているよね、と言う論調が見えてきます。

この最後の段落も恣意的に感じる内容で、「改竄、廃棄」というけれど、廃棄に関しては省内ルールに則って行われたもの。その期間や内容が適切かどうかは議論があると思うけれど、ルール上そうなっている以上は、「廃棄」は正しい手順で、違法行為では無い。「改竄」に関しては、森友学園関連では、説明資料の改竄があったけれど、最近発表された自殺した職員の残した資料から、野党やメディアからの圧力を低減するために行ったことが示されていて、そう言う意味ではその責任の一端はメディアにも有る話。桜を見る会に関しても、名簿の一部が消されていた話だけれど、理由があって変更したと説明しても、それに対して自分達が納得していないだけ。それ以外の事例も有るのかもしれないけれど、記憶に残るのはやはり野党がな癖を付けて、それをメディアが煽っている印象しか無いんですよね。で、それらの経験を踏まえて公文書管理法の改正案が今準備されているわけだから、別に放置しているわけでも無い。さらには、議事録が残されていないと書かれているけれど、議事要旨は作成されているわけだし、必要な情報は残されているのに「議事録」という一点だけに拘って批判をしているように見えます。

今回削除された章は、当時の民主党政権批判の内容であり、そこで問題提起された公文書保管も現在対策されようとしているから、既に無い政権の失策をそのまま掲載することを止めただけなんでしょう。初版出版から8年経過しているわけですから、その間の変化を見つつ、必要な部分は追加するし、不要あるいは既に適切で無いと判断出来る内容は削除する、または残して補足をする、というのが普通のはず。以下略ちゃんも指摘していたけれど、仮にその削除した章がそのまま残されていたら、逆に今の立憲民主党が「既に終わった話を改訂しないのは怪しからん」とクレームするんじゃ無いかというのは、凄く納得出来る話。しかし毎日新聞の記事では、菅総理が自分に不都合な内容を削除した、と言うような印象づけをして最後終わっているんですよね。まぁこの記事に署名のある「大場伸也」記者の名前で過去記事を検索すると、まぁ何となくその意図というか主旨みたいな物は理解出来てしまいますが。メディアなのだから、政権監視や政権批判は幾らでもやれば良いと思うけれど、自らの思い込みや想像力を発揮して書かれたような記事は、もう記事ではなく「コラム」とかと断って欲しい気がします。

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