2018年10月25日

いい気なメディア

シリアで3年余り武装勢力に拘束されていた安田純平氏が数日前に解放され、機能帰国の途についたニュース。各報道機関がその様子を報道して、まぁやっとの思いで解放・帰国が実現したと喜ばしげに報道するのは、まぁ良いとして、たまたま見ていた夕方の棒状方番組のコメンテーターの発言にちょっと疑問と怒りがわいてきました。

この人、安田氏が国から渡航延期が出されているシリア潜入を、混乱している場所だからこそ彼のように何とか潜入して内情を世界に広めないといけない、みたいな事を言っていた。それならば、何故この放送局とか関係しているメディアは自社の記者なり取材者を送り込まないのか。自分達は安全な場所に居て、好き勝手なことを正義のように振り回して、良い身分だなぁとつくづく感じましたね。

安田氏がジャーナリストとして、有る程度の危険も顧みずに取材活動することは本人の自由だと思うけれど、拘束されるのは今回で五回目ということは、「運が悪かった」と言うよりも彼の活動方法・手法に問題があるという要素もあるのでは。しかも、今回の高速前には渡航自粛要請に対して挑発的なことをSNSで発信していたのに、いざ捕まれば救助を懇願しているわけで、それは余りに身勝手な行為だと思う。まぁ、公開された映像は武装勢力に強要された物で、自分はそんなことは望まなかったとか言うかもしれないけれど。でも、結果が全てだよなぁ...

レガシーメディアとしては、身内の行動を批判したり非難したりすることは出来ないんだろうけど、でも取材云々以前に、その動機やタイミング、それに現地での行動など、適切な物であったか、それを批評しないと。仮に、安田氏の行動がスクープを狙う為の、無鉄砲な計画・行動であったなら、そこはやはりレガシーメディアとしても一線を引いて判断するべきでは。で無いと、メディアとしての意義すら疑われることになりかねない。そう言う意味で、危険を顧みずに必要な場所へ取材に赴くのはジャーナリストとしての「矜持」かもしれないけれど、メディアはメディアとして、情報提供者・伝達者としてその情報獲得方法・手法が適切・正当な物であるのか常に自己判断批評する「矜持」を忘れてはいけないと思う。最も、幾つかのレガシーメディアは、そんなことはもう構ってられないという態度が見え見えだけれど。

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