2018年1月3日

芸風

ウーマン村本案件が新年からTLを賑わせているけれど、ああいう芸風だと思えば「らしい」と思えるけれど、デビュー当時から比べると「何も変わっていない」と言うよりも、その芸風の使い方を間違っているような気がしてならないなぁ。

デビュー当時と言うか、テレビなどでよく見るようになり始めたときのネタで好きだったのは「バイトリーダー」ネタ。口先だけのバイトリーダーが早口でまくし立てるけれど、実際には何も出来ないみたいな流れだったと思うけれど、後輩のバイトを圧倒するために早口で幕裁てると言うスタイルが、バイト先での上下関係をカリカチュア(過大誇張)しているようで結構面白いと思ったんですよね。で、そのスタイルで「政治的疑問(?)」をまくし立てるわけだけれど、そこには以前のような「面白み」も「主張」も無いわけで、正直最初にうちはふむふむと見ていたけれど、それが延々と続くともう飽きてしまった。まぁ、最後に、そういうものの責任は貴方たち国民にあるんですよと言う〆方をして終わるんだけど、実はそこが全然響かないし落ちにもなっていないし、結局は早口で政治的キーワードをまくし立てて終わったようにしか見えない。

同じ政治的話題を扱うなら、その後に出てきたトレンディエンジェルのハゲネタに絡めた話の方が「漫才」としては面白いし笑えたんですよね。あるいは、毒の強さと言う意味では、爆笑問題の方が効き目はあったような気がする。いずれにしても、ウーマン村本氏のネタに関して感じたのは、漫才としては「クスリ」くらいの小笑だったし、そこに何かメッセージ性を感じるかと言われると、何か知っている単語を並べただけの薄さを感じる内容に私は感じたんですよね。正直言うと、実はリアルタイムでは個の番組は見ていない区手、HDDレコーダーに録画したものを後から見たんですが、このウーマンズラッシュアワーの後は何か別のグループの話もしらけてしまって、結構飛ばして流しミスるような状態になってしまった。そういう意味でもウーマン村本氏の罪は重いかも(笑)。

で、これで話題になったからか何なのか、その後もウーマン村本氏は朝生とかで活躍して話題(袋叩き?)に有って、ある意味炎上商法的な取り上げられ方をしているわけですけれど、でも彼が「漫才師」という立場で、その仕事の中で何か自分の主張をしたいのであれば、やはりそれは漫才と言うスタイルを維持しながら、その本筋である「笑い」で核心を突いてくるような流れが無いと失敗だと思うんですよね。例えば、ウーマン村本氏のあのスタイルって、落語の「寿限無」みたいな感じだなと私は思うわけです。息子に良い名前を付けたいと、有りがたい言葉を延々と繋げていく滑稽さが、あの落語の真骨頂だと思うんだけど、今回の場合も例えば「世の中にとって良い事」をどんどん繋げていくと、最後には破綻するみたいな感じの話の筋だったら、それはそれで結構面白いネタになったと思うんですよね。でも、キーワードだけを単に並べていくだけだから、そこに「笑い」は生まれてこない。彼が政治も語ることが出来る芸能人的な立ち位置を目指しているのか、あるいは興味あるタレントと言う道筋を狙っているのは、あるいはあるいは単に思いつきで話しているだけなのか、そこは分からないけれど、自分の感情とか考えだけを押しつけても相手を説得・納得させることは出来ない訳で、そこは「話・言葉」を武器に仕事をしているタレントさんである以上は、やはり言葉で相手を引き入れることが出来ないと駄目なんじゃ無いかと。そういう意味で、今の芸笛はそういう方向には向いていないなぁと思うわけです。

0 件のコメント:

コメントを投稿