ITmediaに掲載された、今治タオル復活劇の軌跡。既に様々なメディアに取り上げられていて、既に世界的な知名度、ブランドに成長したと言って良いんじゃ無いだろうか。
記事の内容はこれまでも伝えられてきた内容をまとめたものだけれど、色々な理由や幸運も有ったかもしれないけれど、先ずはこの「今治タオル」という製品品質が優れていたことが大前提でしょうね。私も実際に使ったことがありますが、確かに吸水性や肌触りは明らかに違いを感じます。個人的には、綿の少しゴワッとした感触の方が好きなので、少し柔らかすぎるというか頼りない印象があるんですが、使用後の印象特にバスタオルとかバスローブを風呂上がりとかシャワー後に使うと、これまでのタオルって何だったんだと思うくらいの違いです。
これまでも世界最高クラスの品質とか日本でも指折りの品質を持つ製品は沢山有ったけれど、全てがその品質から復活したりさらに成長出来ているわけではありません。その瀬品や商品の立場にも寄るけれど、ブランディングの失敗や宣伝などの不足、あるいは製造する側の足並みの乱れとか、色々な理由で頓挫している場合の方が多いくらいでは無いだろうか。今治タオルの場合も、そう言う努力に幸運も有ったように思うけれど、やはり10年位じっくり我慢して継続してきたことが最大の成功要因じゃ無いかと思いますねぇ。でなければ、ピークアウトしてから10年も我慢している中で、支援育成事業にも引っかからなかっただろうし。また、そのチャンスを生かすために外部人材を求めてこのプロジェクトの中心となる佐藤可士和氏にコンタクトするわけですが、その佐藤氏にしても今治タオルの高品質が無ければ本気で仕事を受けようとは思わなかったわけだから、そこは品質に拘りを持っていたことが功を奏したわけですよね。
最近では、コストダウン要求が厳しく低価格製品と言うよりも低価格で販売することが大命題になっていて、それはそれで一つの消費者要求だから仕方ないと思うけれど、それが最優先になる余りその製品の核となる魅力や品質がグレードダウンしていくために、低価格だからと言う悪い認識に埋まってしまう悪循環が生まれてしまいます。そこのところをどう解決して生き延びていくか、製造側の努力も必要だけれど、運とかタイミングもあるよなぁと感じますね。ただ、自分もそうだけれど、何か商品を買いたい時、あるいは某かの消費行動をする場合に「安いから」という理由で選択する時にはそれだけで終わりだけれど、このタオルのように「気持ちが良い」とか「使いやすい」とか、あるいは「ブランドで見栄があるから」でも良いから、価格以外のメリットや満足点が有ると、その製品をずっと使い続けるし、購入も続くんですよね。そう言う気持ちを起こさせる製品設計をしないといけないわけで、それが20年とか30年前の日本とは違ってきている、イコールそれだけ生活や社会が贅沢でも有り便利でも有り、要求度合いが高くなっている証拠では無いかと思うわけです。で、それは消費者としての心理もそうだし、物を作ったり提供したりする側としてもそのレベルに追いつかないといけないわけで、その努力は忘れてはいけないし、回避してもいけない。なかなか厳しいけれど、だから見返りも大きいという理解をしないといけない。だから、そう言うことをするため実現するためのチャンスは積極的に与えるべきですが、単に結果だけお金だけを渡すというのは、結局時代に逆行する行為にしかならないと思いますねぇ。
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