で、これを報じている朝日新聞の記事も嫌らしいと思うのが、最後の一言。
「専門機関の報告書などによれば、被曝(ひばく)による人の体格への影響は確認されていない。」一つの意図として、専門機関がそんな事実を報告していないので、瀬戸社長がそう言うことを言うのはおかしい、被災地差別だ、と言う主張が先ず考えられます。で、もう一つの意図として、わざわざ「被爆による人の体格への影響」と、「体格」と断って言っていること。元々の発言が「体が大きくなった」と言っているから、それは正しいのだけれど、でも単純に「人体への影響」と言えば済む話。でも「体格への影響」と記載すると「体格以外へは影響するかも」という含みを感じるわけで、事実朝日新聞は過去、鼻血だ体調不良だ何だと散々福島の放射脳の影響を有ること無いこと煽ってきた前科がありますからね。「専門機関の報告書では人体に影響ないと言っている」と書いてしまうと、これまでの自社の記事を否定することになるし、当然「お前言う」的反論が出てくるでしょう。その為の防波堤が「体格への」という一語になったのかなぁと深読みする自分は、ネチっこい性格だから(笑)。
でも、仮にそういう防波堤的一言を入れたとしても、朝日新聞自らが「専門機関の報告書は信頼するに足る」と言っていることは紛れもない事実で、であるならば報告書の中では福島原発の放射能の影響は無いと既に指摘されて居るわけだから、それに対しての訂正なり謝罪はメディアの責任としてするべきでは無いだろうか。勿論、その記事を書いたときにはまだ情報不足が合ったかもしれないし、それ故にそれらの記事を「捏造」と言うつもりは無いけれど、結果的に「誤報」であったことは事実なのだから、それに対しての責任はあるはず。何度も言っているけれど、車とか家電製品とか、物理的な商品を製造販売している企業は、それらの製品が市場で何か問題があれば、回収作業やリコール、場合によっては賠償責任も発生するわけです。それに対してメディアは、販売している物が「情報」というだけで、新聞や書籍などの物理媒体では、増刷したときに削除や修正を入れる場合も有るけれど、だからといって正しい内容の媒体を再配布するわけでも無い。ネット等の場合は、単に元データを削除するだけで、そこから複製されている情報に関しては何の責任も取らない。デジタル世界の全ての情報を訂正修正することは不可能だとは思うけれど、その情報の大元として可能な限り訂正情報を配信するのは、ネット社会でネットビジネスをしている企業の一番の責任だと思う。それなのに、こんな記事をさらって正義の味方のような感じで配信してくるところに、このメディアに対して暗澹たる気持ちだけが残るんですよね。まぁ、この新聞社だけの問題では無いけれど、でもこの新聞社の責任が大きいことには変わりないですからね。
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