2016年5月12日

広島訪問

今月下旬の伊勢志摩サミットの後に、オバマ米国大統領が広島の平和記念講演を訪問するというニュース。先の外相会議の時のケリー国務長官らの訪問の結果を見ての判断だと言う事ですが、終戦から70年、十分にお互いに大人の対応で平和を祈念する時期・タイミングでは無いかと思います。原爆投下の謝罪は求めず、オバマ氏のテーマでもある核削減、廃絶に対しての場とするという落としどころが、日米双方にとっての妥協できるベストな回答でしょうね。まぁ、それに対して異論を挟むのは、あの国とあの国だけみたいですが。

原爆慰霊碑には「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」と記載されており、問題となるのは「過ちは繰り返しませぬから」の主語は誰、ということ。この慰霊碑が日本人によって建立されたことを考えれば、主語は「日本人」「日本国民」になるわけですが、日本人が広島に原爆投下をしたわけでは無いので、「過ち」は原爆投下では無く、その結末になった戦争開始と言う事になる、という話し。でも、原爆を使用せずに戦争終結する事も可能だったことも考えれば、それはちょつとこじつけのような気がします。

では「アメリカ」が主語だとすると、誰もそんなことを言っていないのに記載するのは変。今回仮にオバマ大統領が訪問した時に、「謝罪」をすれば主語として「アメリカは」と入る事も可能になるんだろうけど、彼らの立場を考えるとそれは無い。

となると、一番もっともらしい主語は「世界人民は」とか「世界の人々は」みたいな、人類としての反省・目標とするのが一番良いけれど、核兵器を持っている国は限られているし、逆にそれらの国がそう言う主張をしているわけでは無い以上、それも不自然。結果的に、あの慰霊碑に刻まれている言葉ではあるけれど、何を主張しているのか何を求めているのか、実は誰もが好きなように解釈できる曖昧な内容だなと言う事が再認識される気がします。

で、今回アメリカ大統領が訪問して、あの場所で世界から核兵器の根絶を願うと言うことになれば、最後の主語が一番相応しいと言う結論が大勢になりそうな気がします。それによって、初めてあの慰霊碑の言葉が、意味のあるものになるような気がします。誰もが継ごう良く解釈できる言葉って、結局は何も主張していないことになるわけですから。

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