2014年7月3日

議員の矜持

不明朗な政務調査費の使用が指摘された、兵庫県議の野々村議員。その釈明会見の様子が放送されたんですが、その余りの様子に、もう呆れることを通り越して笑ってしまいました。その様子を見て思い出したのが、船場吉兆での食品偽装問題での釈明会見の様子。そう、「嘘っぽいなぁ」という印象。いゃ、その場にいたわけでも無く、テレビの映像だけの印象だから間違っているかもしれないけれど、本当に号泣しているのならもっと感情が発露されるように思うんだけど、映像を観ている限りではその様子が画一的というか、何か素人とが芝居をしているような感じなんですよね。言っちゃ悪いけれど「嘘泣き」っぽい雰囲気。結局「釈明会見」と言いつつも、何も釈明されなかったわけで、金額の多寡に関わらず使途不明な政務調査費に関してはきっちり追求して欲しいんですけど、多分同じような事をやっている(※あくまで想像)お仲間達からの追求は曖昧のまま終わるんだろうなあ。

この件とは異なるけれど、例の東京都議会でのセクハラ野次を受けた側の塩村議員。当初は酷い仕打ちを受けたか弱い女性議員みたいな印象だったけれど、表舞台に出てしまうと探られたくないような過去の行いなんかも今の世の中直ぐに分かってしまうわけで、バラエティー番組での発言とか、その後の仕事での逆に虐待指定単じゃ無いみたいな話とか、いろいろ発掘されてしまいました。そして最近では、どうも本人の事務所が実在しないんじゃ無いかという話。その前にも、事務所費用の未払いを追求されて、それは賃貸契約を結んでいないから問題ないという事を言ったみたいだけど、それならそれで寄付行為になるから政治資金規正法に抵触しないのか? 悲劇のヒロインとして一躍注目が集まり、それを利用してセクハラに対して戦うヒロインになり知名度を上げようとしたのかもしれないけれど、ちょっと引き際を見誤ったというか、予想以上に叩かれて予想以上に埃が出てきた感じ。

この二人の議員に限らないけれど、地方議員だろうと国会議員だろうと、代表者として選出された以上は一般人以上に厳しい公共性や潔白さが要求されるべきだと思うんですよね。特にお金関係の話については、この二人の例を見ると一般常識から見ても「甘い」。例えば我々が普通の仕事で、一年間の半分を日帰り出張しました、領収書や(証拠となる)報告書はありません、とか、事務所は善意で借りていただけで賃貸契約はありません、とか言って、確定申告とか出したら必ず何か言われます。それなのに、議員の活動費とか選挙関係だとなんかあやふやな感じでいつも終わるのは何故。

いろいろな考えや背景を持った人が議員となって地方行政や国政を運営してくれるのは、多様性獲得のためにも望ましいとは思うけれど、それでもある程度の公共性とか誠実さみたいなものを尺度として組み込んで欲しいし、仮に当選後何か有った場合には厳しく追及して納得のいく説明が無い場合には辞職強制も出来るような仕組みを入れた方が良いんじゃ無いだろうか。「議員」というのは、特権階級ではないけれど普通以上に透明性が要求される「特殊階級」ではあると思う。

0 件のコメント:

コメントを投稿