2013年1月6日

2つの名前じゃないだろう

朝日新聞の「余録」から「アジアには二つの国名を持つ国が二つある。一つは...」。最初は「へえ、あるあるネタ?」と思って読み始めたけれど、あに図らんやこの新聞社らしい凄く恣意的な内容。まず、未だ軍政の印象が強く悲劇の民主化シンボルのアウンサンスーチー氏を引き合いにして、現在のミャンマーと旧国名のビルマを出した後で、「日本」は、読み方で「にほん」と「にっぽん」の2つがあるが、後者は促音と破裂音が重なり、勢いがあるが今の日本がその勢いのまま進むのは戦前のいけいけどんどんを思い出させる、と。

私は国語学にしても言語学にしても素人だけど、ミャンマーについてはその成立に議論はあるだろうけど、一応正式国名として変更したもの。かたや「日本」は、読み方の問題だけで、別に2つの国名を使っているわけじゃ無い。ミャンマーのケースとは明らかに別のテーマ。「USA」を「アメリカ合衆国」と読むか「合衆国」というか「アメリカ」と言うかの違いみたいなもの。これを理由に、「アメリカは3つの国名を持つ」とはいわんでしょう。兎に角、このコラムで言いたいのは、戦前戦中は「だいにっぽんていこく(大日本帝国)」の例のように「にっぽん」が多様されて居たが、戦争が終わると平和的な「にほん」に変わってきた。しかし、最近再び「にっぽん」が回帰している。戦争の不安がある。みたいな、凄く恣意的な誘導型コラム。このストーリーで言うならば、この新聞社はミャンマー政府にたいして「ビルマに戻せ」と主張するのだろうか。しかも、最後にはアリバイ作りのように「言語文化の豊かさ」などと言い訳をして終わっている卑怯さ。

言語的に、好戦的な印象のある言葉が多くなってきたことに危惧を抱くのであれば、総主張するのがマスメディアの仕事では? ただし、促音や破裂音が好戦的であるという根拠は示さないといけないけれど。「ゆったり」「ゆっくり」「てへぺろ」「ぽわーん」「しっぽり」「とっぷり」「たっぷり」「でっぷり」等々、どれも促音と破裂音を含む「好戦的な発音の言葉」だけど、どこに好戦的な印象が生まれるのだろうか。単に、「にっぽん」は好戦的な言葉だとこの組織では刷り込まれているから、そう言う話しか出来ないだけなんだろうな。

もし戦前戦中と比べるならば、今の中国の尖閣諸島に対しての恣意的行為を戦前のABCD包囲網による対日制裁と比較する位のことを書いて欲しいですよね。日本人の性格から、ある程度は耐えるし争うことも避けようとするけれど、その我慢が閾値を超えたときにどうなるかは、日本人自身も分からないところがあるし。

ところで、2つの国名というのであれば、「中華人民共和国」と「中華民国」に付いては、この新聞社はどう言う見解を持っているのだろうか。是非、このコラムの続きで聞きたいところです。

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