「在宅勤務だと毎日が夏休みみたいなもの」と言われてしまうと、身も蓋もないけれど、結構ここの所トラブルがらみで当初とる予定だった休みもキャンセルし(なんせ、お客様も休みを取られていないので)、スケジュールと格闘する文字通り「暑い夏」。それでも、一日位は、と19日の金曜日はお休みをとることにしたんですが、本当ならどこかに飛行機でぷらりと飛んでいきたいところ。今週17日は、会社のある横浜で大きな花火大会があって、その花火大会に関わる周辺道路の混雑も考慮して、この日は夕方16:30頃で就業終了という偉い方からの通達もあり、多分みんなそのまま流れて飲みに行って後半連休を摂る、と言うパターンなんだろうな。自分にも「花火大会、見に来れば」というお誘いがあったんですが、何を好きこのんでわざわざ混雑する場所に行かねばならないのか。
実は、ここ数週間、毎週末夜になると家の周りで花火を打ち上げる「ドーーーーン」という音がします。自宅を中心にして、数キロメートルくらいの範囲に、結構昔からの神社があるので、それらの神社が順番にと言うわけではないけれど、丁度毎週どこかで夏祭りをやっています。子供の頃は、毎週「今週はxxxxの神社のお祭り」という情報を仕入れてきて、少ないお小遣いを持って自転車で出かけて言ったんですが(その頃は数kmと言う距離は、歩いて行くにはちょっと遠い距離だったから)、今では「あぁ、どこかでお祭りしている」という程度。昔は、本当に田んぼと畑が広がるのどかな田舎でしたが、最近ではアパートや商業施設がどんどん立てられて、人口は増えているようで、お祭りなんかも結構昔よりも規模とか内容が大きくなっている様子。夏祭りではないんですが、自宅の直ぐ横に神社があり、ここのお祭りは10月にあるんですが、物心ついた頃にはそれでも露店が数件出ていたのが、暫くして露店すらでなくなるくらい寂しいお祭りに。で、数年前に地元に戻ってきて、20何年ぶりにそのお祭り(なんせ、直ぐ横なので嫌でも様子が聞こえてくる)を体験すると、露店は何軒も出ているし、一番驚いたのはカラオケ大会何かもやっている(これが、五月蠅いんだなぁ...)。昔の寂しいお祭りの面影なんか、かけらもありません。
今年は、震災に配慮してお祭りを自粛したり規模を縮小するところも多いようですけど、「祭り」というのは娯楽だけのためにあるわけではなく、例えば災害とか天災の時に鎮魂のためにも催すものと言う話を聞いて、なるほどと感心しました。少し前の新聞記事に、陸前高田市で被災地を進む七夕の山車の写真がありましたが、この写真一枚からも厳粛な雰囲気が感じられます。日本は、地震や台風、さらには自然災害にも苦しめられる地域も多いけれど、そういう困難に何度も遭遇しながらも、こういった「祭り」や「伝統」という形で、その度に地域や仲間の心を結びつけて、連帯感を生み出して、再び新しい生活を生み出していったんでしょうね。例年以上に、「祭り」の意味、厚み、重みを感じる夏です。
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