2024年9月26日

他人に厳しく自分に甘く

青木理氏の発言に関して、出演番組を放送しているTBS社長が「放送番組以外の発言」として回答しなかったという記事。でもこの人達は、日頃直接関係無い場所での発言を切り取りして問題として扱っているんじゃないの。しかも、問題発言のあったその週末の番組には、意図的なのか偶然なのか青木氏は出演していなくて、番組でも特に取り上げた様子はないらしい。今週末の日曜日の放送はどうするんだろうか。多分今週間も「多忙に付き出演休止」とかになるんじゃないか。

その青木氏、今回の「劣等民族」発言を切掛に、過去の発言が色々発掘されていて、問題発言がさらに見つかっているらしい。問題発言だからあえてここには書かないけれど、まぁ酷い内容。仮に今同じ発言をしたら、女性蔑視とか人間差別みたいな事が指摘されるような発言なんだけれど、多分彼らみたいな人間が発言しても多くのメディアは無視をして取り扱わないんだろうなぁ。与党とか右派とか、彼らが敵視する勢力の人間がもっと単純なことを言っても、それ見たことかと大々的に取り上げるくせに。

今回の「劣等民族」は、私的には「劣った人達」くらいの意味だと思っていたら、どうもナチスの思想を言った言葉らしく、仮にそう言う知識を持った上での発言だとしたら、単なる差別問題以前の大問題になるらしい。其れ以前に、「民族」という言葉自体が昔からセンシティブで、日本は単一民族の国といって大批判を受けた元総理も居るわけだし、日本人を「大和民族」というと、多民族排斥だとか多様性軽視みたいな事を言われるのが最近の傾向。それならば「民族」という考え方自体を訳せば良いと思うけれど、そうすると「琉球民族」とか「アイヌ民族」を名乗っている人達が困るから言わないのかな。まあ、かなり拡大解釈をして「民族=特定グループ/集団」程度に解釈するとしても、それを「劣等」と最低段階の所属だということが今の世の中で通用するとは思えない。まあ、あえて代わりの言葉を探すことも失礼な話だと思うけれど、いずれにしても自分の考え方に反するからという理由だけで何でも言って良いわけでは無いし、少なくともジャーナリストあるいは言論人としてメディアで活動しているならば、その「言葉」の持つ意味はもっと重いことを自覚していなければならないと思うなぁ。

結局こういう人達は、他人特に自分達の考えや行動に反する人達に対しては厳しいくせに、身内だったり自分自身に対しては余りに自由というか何でもありだと勘違いしている事が多いんじゃ無いだろうか。そういう発言や行動を良しとする人が決して少ないことも事実だけれど、だからと言ってどんどん先鋭化していき過激化していき、それについて行けなくなっている人も増えていることも事実。所謂「無党派層」は、昔は右翼・保守・与党と距離を置く立場での「無党派層」の人が多かった気がするけれど、最近では左翼・革新・野党・リベラル とも距離を置く、文字通りの意味で「無党派層」になっている気がする。逆に、過激化する左翼・リベラルからは距離を置いている「無党派層」が増えているんじゃないだろうか。彼らが、本当の意味で政治批判・批評とか、改革するための提案をしているならば、それが対象無理なことであっても理解を示す人も増えたと思うけれど、結局は相手を下げる事しか頭にないから駄目なんですよね。相手の悪口を100回言う暇があるなら、妥協できる提案を一つでもいいからすれば良いのに。

0 件のコメント:

コメントを投稿