2024年9月19日

我こそが指導者

何故世間から様々な問題を指摘されている自民党に、でも多くの国民が投票して政権が続くのかという問いに対して、「劣等民族だから」と自らその理由を証明してしまう、ジャーナリスト(?)青木理氏の発言と、それを否定も諫めもせずに一緒に笑って同意する、同じくジャーナリスト(?)の津田大介氏。 日頃「差別」とか「不平等」とか訴えている側が、実は一番「差別」とか「不平等」的行為をしているのは何度も見た光景で、今回も同じ話だと思う事案。

個人的には、日頃疑問を感じる発言が多い立憲民主党の米山隆一氏も、この件に関しては納得出来る正論を投稿していて、まぁ幾らライバル政党所属であっても、最低限守るべき部分はあると思うんですよね。それが相手政党に対しての政策だとか組織だとかに対しての批判ならば、それは存分にやれば良いけれど、何を思ってかその支持者に対して根拠の無い暴言を言うことは、明らかに論外。逆の立場の発言を別のジャーナリストがしたら、彼らはその時も笑っているんだろうか。それこそ烈火のごとく「差別発言」と言うんじゃ無いの。 自分達が言うのは「良い差別」で、相手が言うのは「悪い差別」とでもいうような、変な優生意識みたいなものを彼らには以前から感じていたけれど、図らずもその一端が可視化されたものだと思う。

所謂「リベラル」と呼ばれる人の多くは、自分達の主張がいつまでたっても主流にならないことに苛立っているのか、最近こういう傾向が顕著になってきているような気がします。20年位前には、今と同じように自民党に対しての不満というか閉塞感みたいなものがだんだんと広がっていて、その中でそういう自民党から出た人間と自民党に対決姿勢をしていた人間が集まり「民主党」が生まれて、上手く国民の不満を吸い上げるような行動で支持を広げて、最終的には政権交代まで実現するのだけれど、結局格好だけそれらしくしたけれど、実力までは蓄えられず直ぐにボロが出て崩壊。それと同じように、彼ら自称ジャーナリストなる人達の発言も、取材とかデータに基づいた内容は殆ど無くて、自分の感覚を最もらしく話すことが「正義」だと思っている様にしか見えない。まぁ、右でも左でも極論に走っている人は少なくないけれど、自分達が主流に慣れない分鬱積しているのか、左派とかリベラルとか言われる側の人間の方が、こういう極端な発言が多いような気がする。でも、彼らのベースとなる「メディア」とか「ジャーナリズム」みたいな分野では、リベラル的考えが主流というかほぼそれしかないような状態なので、今回も産経新聞当たりは早速取り上げているけれど、他のメディアはほぼ無視するんでしょうね。

日曜日の朝ですよね、彼が出演している「サンデーモーニング」は。今回どういう扱いというか紹介をするんでしょうか。予想では、今回の件には触れずに、いつもの様にだらだらと自分達の言いたいことを垂れ流して、いかにも今の社会というか自公政権を憂えているという姿勢を見せて終わるんだろうなぁ。 自分の気に入らない対象に関しては、簡単に「劣等民族」というレッテルを貼ってしまうようなジャーナリストが、どれだけ公平中立な報道活動が出来るのか、彼はある意味試金石とも言えるのかもしれないけれど、まぁ考えるだけ無駄な気もする。仮に、与党よりジャーナリストと言われている田崎史郎氏がMCから「どうして立憲民主党の指示が伸びないのでしょうか」と問われて「立憲支持者が劣っているからですよ」とか言ったら、多分総攻撃をするだろうし、番組に対しても終了要求するくらいの話になると思うけれど、まぁそう言う事にはならないことだけは確か。全ては「リベラルは正義」「リベラルは絶対」「リベラルはリーダー」みたいな優生意識が、つい本音として出てしまった位の認識なんだろうなぁ。でも「劣等民族」と彼らが言う国民は、決してそんなに劣ってはいないし、そういう部分には敏感に反応すると思う。

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