2026年4月4日

BYD in Hamamatsu

別に某国の某メーカーを貶めたり、皮肉を言いたいわけでは無いのですが、たまたま昨日通りかかってみた光景が結構印象的だったので備忘録代わりに。昨日は前日から外出していて、夕方浜松に戻ってくると、駅ビルで買い物をして丁度タイミング良く路線バスの時刻に間に合うので、久し振りに駅から自宅近くまで路線バスで戻ってきました。駅へ出るときには結構路線バスを使うんですが、戻る時には遅くなったり1時間に2本しかないバスの時刻に合わなかったりで、駅から帰宅するときにはタクシー利用が殆ど。だから、帰宅時のバス利用は半年振りくらいかなぁ。

結構日が落ちるのも遅く成りつつ有る中バスで移動すると、丁度中間辺りで自動車の各社ディラーが並んでいる通称「ディラー通り」を通過します。ここにはAudiやVWにLexusやその他メーカー・中古車ディラーやメーカー が多数並んでいます。路線バスは途中で左折してこの通りから外れますが、そのまま直進すればさらに日産や他の会社メーカーのショーケースやオフィスが並んでいます。で、駅からこの通りに入ると、一番手前に「BYD」のディラーオフィスがあります。以前はPorscheの販売店が入っていた場所を居抜きの形で使用しています。確か、オープンして直ぐくらいのときに通りかかったことがあり、その時は外にもガラス張りの中にも、多分BYDの試乗車が何台も並んでいました。

で、今回通りかかって驚いたのが、以前はそこそこ賑やかな雰囲気だった販売店が、外には一代も車が無く、またガラス越しに見える内部には1台だけぽつんと車が置かれていて、まるで引っ越し直前のようながらんとした雰囲気。調べてみたら、営業時間が丁度終わった頃(10:00~18:00)だったので、閉店した直後だったのかもしれないけれど、ああいうお店って閉店後も中の車が外から見えるように照明つけたり、少なくとも中に売れ筋や人気の車種を展示しませんでしたっけ。浜松店の「お知らせ」には、2026年4月1日付けの記事もあるから、決して閉店とか言う話では無いと思うけれど、ちょっと外から見えた光景の雰囲気がかなり以外だったので美作りしました。

浜松でも時々BEVが走っているのを見ますが、多くの場合は日産のリーフで、それに次いで時々Teslaを見かけます。BYDは車種までは分からないけれど(でもBYDのエンブレムみたいなものは見えた)、この1年間で2回だけ遭遇しました。いゃだからと言って浜松で売れたBYDが2台とは言わないけれど、少し前に日本国内での年間販売台数が2000台とか3000台とか言うニュースを聞いた記憶があり、これは外国メーカーとしては中堅くらいの台数なのかな。ただ本国での販売台数と比べると桁違いも桁違いなわけで、結構厳しい競争を強いられていると思われます。個人的には何度も書いているけれど、BEVの場合は充電環境がもう二段も三段も改善しないと厳しいと思う。充電ステーションがもっと全国ここかしこにあり、かつ充電時間が長くても5分を超えたら駄目だと思う。理想は3分以内で「満充電(満タン)」だなぁ。である意味皮肉だと思うけれど、BYDは高圧急速充電とか展開してガソリン車に近づけようとしているけれど、そのためにはインフラを更新する必要が有るわけで、それが全然足りていない。そう言う意味では、まだまだ日本国内でのBEVビジネスは厳しいと思うし、リーフとかそれなりに知名度のあるところはまだしも、新興メーカーにとっては売るためには価格競争に入らざるを得ないわけで、更に厳しい競争を強いられている気がする。まぁ、個人の勝手な憶測ですが、たまたま昨日通りかかったときの様子を見てそんな印象が浮かんできました。

Soft Landing

まだ解決の兆しも見えないホルムズ海峡の閉鎖。仮に今日明日海峡通過が再開されたとしても、以前のように毎日自由に往来できるまでには月単位の期間が必要になるだろうし、まだまだ厳しい石油事情は続くと思われます。 そんな状況ながら、高市政権はかなり頑張っていると私は感じるんですよね。

まだ子供の頃の記憶ではあるけれど、1970年代のオイルショックのパニックに近い状況を身をもって体験しているだけに、同じ様な状況になりながらも当時とはほぼ180度異なる用な社会状態には、ちょっと感心しています。あの時は、メディアも「石油ストップ」と騒ぎ立てて、毎日どころから朝昼晩と「トイレットペーパーが買い占められて」と、煽るようなニュースや報道ばかり。ところが今回は、メディアは「ホルムズ海峡危機」とか「石油がストップ」とか伝えるものの、国民は至って冷静にその状況を判断しているように感じます。

その最大の理由は、まず「石油=ガソリン」という国民が一番最初に関連付けるであろうガソリン対策をして、先ずは政府からの補助金でガソリン価格の急騰を抑えているところ。私の周辺のガソリンスタンドでは、一番安いところ(会員価格)ではレギュラーガソリンで165円/lというと頃がありましたね。ホルムズ海峡危機が発生する前だと、暫定税率が無くなり一番安くなったときには150円台だったかな。148円なんていう表示も見た記憶があるので、確かに高くはなっているんだけれど、何とか我慢できるところに抑えていると思います。また、ガソリン以外の石油由来製品に関しても、在庫状況を詳しくアナウンスしたり、ナフサやLNG等は中東以外からの輸入に切り替えてその切替先からのタンカーも到着し始めています。

別に政府の肩を持つわけでは無いけれど、初動対応としてはかなり上手く切り抜けている気がします。まだ200日文以上の備蓄もあるわけで、少なくともあと半年はその備蓄を取り崩せば何とかなる状態。ただ、その時点でもまだホルムズ海峡通貨問題が解決していないと拙いわけで、取りあえずは今月中に何か解決に向けての糸口を見つけたい所。トランプ大統領は、あと2~3週間で米軍は撤退するというようなことを言っているらしいけれど、仮にそれで米軍がG.W.前に撤退しても、逆にイランが周辺国への反撃に出てくる可能性もあるだろうし、更に混沌とした状況になる可能性もありそうな気がします。その場合は、日本も含めて多国籍軍が海峡警備というか、あの海峡でイランと対峙する事になるのかもしれない。そうならないためにも、茂木外務大臣や小泉防衛大臣が色々働きかけているような話も聞きますが、なんせ相手は自分かったなトランプ大統領と、主なきイランという不確定要素だけ見たいな存在だからなぁ。今朝も戦闘激化のニュースしか観ませんが、何か解決の切っ掛けが本当に何でも良いから欲しいと感じます。

(NH Leg#2) HND-OKA/-HND

 2日目のフライトは早朝06:45発なので、6時前にはT2のラウンジに入り軽く朝食を摂りたいところ。ホテルにいても仕方が無いので、5時過ぎにチェックアウトをしてT3からT2へ移動します。事前に調べたところ、5時台のシャトルバスは、05:00、05:20、05:40と20分間隔で回遊しているらしいので、05:20に乗車するべくT3 1Fに降りてシャトルバスの0番停車場に着いたのが、05:16頃。直ぐにシャトルバスが到着したので中に入って出発を待ちます。で、何故か05:18にはドアが閉まり出発しましたが、良いのか? 後から時刻表を確かめましたが、T3出発は05:20のはずなのに...

T3からT1へ回り、そこからT2へと10分程で移動完了。流石にまだ早朝6時前なので、T2 2Fの出発フロアーもいつもの様な喧噪はまだありません。いつもの様に優先保安検査場を抜けて、4Fのラウンジに入り、御稲荷さんと太巻きを頂いてやっと人心地尽きました。流石に早朝のフライトなので、往路は軽食を頂いたらそのままシートを倒してスリープモードで移動する予定です。

1) HND 06:45 - OKA 09:30 (NH993)

ラウンジの窓からも見える、62番ゲートへまずは移動。ゲート前には「搭乗開始予定: 06:24」というデジタルサイネージが表示されていましたが、06:21に事前改札のコールがあり、でも誰も通過しないのですぐにグループ1からの優先搭乗となりました。使用機材はB777-200で今回も新シートの機材。新シートへの換装作業って、もう完了したのかな。ここの所かなりの確率で新シート機材が利用出来ています。

この日はほぼ満室というアナウンスがありましたが、ドアクローズは定刻前の09:40。でもプッシュバックは少し遅れて09:47。機首の向きが反転し、その後誘導路をD滑走路へと移動開始。RW05にセットすると直ぐに離陸開始となり、07:00丁度に沖縄へ向けて飛び立ちました。

暫くして機内食のサービスがあり、食べ終わったところで後は早朝起床の寝不足を取り戻すべくシートを倒して寝ていく予定でしたが、機内Wi-Fiに接続してメールチェックとかしていたら、何となく眠気も消えてしまいそのままダラダラと沖縄までのフライトになりました。

空港へは北側からRW18Rへと降りるパターン。着陸すると、結構きつめの制動が掛かりいつもより早く左側の誘導路へ離脱した感じでした。その後空自のF-15の離陸音と思われる爆音が何回か轟いたので、それも関係したのかな。そのまま連絡通路を渡り、33番ゲートへは定刻より少し早めの09:28着となります。前日の沖縄は、初夏の陽気で薄手のブルゾンでも暑いくらいでしたが、今回はまだ午前中だからかそんなに暑さは感じず、ちょっと暖かい曇り空という天候。途中雨に遭遇しないように祈りながら、所用のためにまずは出かけました。

2) OKA 12:10 - HND 14:30 (NH464)

心配した天候は問題無く、無事に空港へと戻り、先ずはラウンジで一服することに。丁度午前中の出発ラッシュに、多分春休みの旅行などが重なり、結構空港内も保安検査場も混雑していました。ラウンジも、最初入室した時には半分以上埋まっていましたが、そのうちに空席も目立つようになりました。

羽田からの飛来機は、定刻から15分遅れで到着しましたが、那覇空港でのターンアラウンドタイムがもともと70分で設定されていたからか、遅延にはならずに定刻出発の様です。33番ゲート前に行くと、丁度事前改札が始まりましたが、暫くはPBBのL1/L2の分岐点で止められて、それが中に入り出すとグループ1の優先搭乗が始まりました。

機内に入るとガッカリなのが、使用機材が古いB777-300なのでシートも旧式の手動操作のタイプ。往路便で寝られなかったので復路便で睡眠時間をリカバリーしようと思っていましたが、これでは寝られません。そうこうしているうちにドアクローズしたのが12:07。プッシュバック開始が12:15と遅れ気味でしたが、直ぐ横のRW18Lから離陸したのが12:24だったので、まぁまぁスムースな方かなと思います。

機内では食事を頂き、その後は寝るにしてもこのシートだしなぁと諦めて、機内Wi-Fiに接続していつもの様にメールチェックやブラウジングで時間を潰します。飛行時間も表示では2時間を切っていたので、定刻前に到着出来るかなと期待していたところ、房総半島の真南辺りで真っ直ぐ北上する進路を取りだしたので、おっこのままRW34Lかなと更に期待感が高まります。ところが房総半島に乗っかったところで右に旋回をして、B滑走路のRW22に降りるパターンへシフト。何だよ、時間調整で期待させるなよと羽田空港の管制官に小一時間... それだけ到着機で混雑していたのか、RW22に降りたのが12:29で、そこから戻る形で64番ゲートに入ったのが、14:36でした。

実は、14:42分発の京急特快に乗ると、14:58に品川駅に到着するので、予約している一本前の15:10発のひかり号に間に合います。ただ、PBBの接続に手間取ったこともあり、L1から外に出たのはもう14:40近く。その次の京急だと、14:46発の特急だと15:08に到着なので、流石に2分間での乗換は無理。ただし、品川駅で1時間も待つのも苦痛なので、15:34発のこだま号に予約を変更して帰宅しました。もう少し品川駅での連絡がスムースだと嬉しいんですけどね。

2026年4月3日

Royal Park Hotel Haneda

前回から約10ヶ月振りとなる、羽田空港第三ターミナル直結の、ロイヤルパークホテル羽田。以前はそこそこお得な料金も多かったのだけれど、旺盛なインバウンドの影響でしょうか、最近は結構価格帯が上がっていて、ちょっと使いづらくなったホテル。とは言っても、どこのホテルも同様なんですが。 

定刻よりも20分位遅れて羽田空港には到着。到着階から外に出て、9番の空港内シャトルバス停へ行くと、丁度出発するところでした。T3へ移動した後、今度は出発階へと移動し、北側端のホテルへとチェックイン。この後、T3の飲食店街へ行くか、7/11で何か買おうかなと思っていましたが、部屋に入ったのが20:00過ぎでもう付かれてしまったので、そのまま同じフロアーにある自販機でハイボールを2本購入して良しとしました(苦笑)。

翌日のフライトは06:45なので、4時には目が覚めてしまい、5時過ぎにはチェックアウト。05:20に次のシャトルバスがあったので、これでT2へと移動し、先ずはラウンジでお腹を満たしてホッとしました。

(NH Leg#1) HND-OKA/-HND

新年度が始まり、ここしばらくは毎週のように飛ぶ予定の令和8年度。前日まで強めの雨が降っていて、東海道新幹線も運行中断するような天候でちょっと心配しましたが、今日明日は何とか天候は戻りそうで一安心です。前夜は雨が降っていたものの、朝目が覚めた頃にはそれも上がり、何とか折り畳み傘無しで出かけられそう。 

利用するフライトが、いつもより一つ後なのでちょっと余裕を持って自宅を出発。いつもの様に路線バスで浜松駅まで出ると、駅ビルのスタバで朝食代わりのコーヒーとホットサンドを頂き、その後やはりいつもよりは一本遅いひかり号で品川へと移動しました。

品川駅はそこそこの混雑具合でしたが、学校が春休みに入った分通学する様子は無いけれど、多分春休み最後の週末を利用しての家族連れが目立ちました。京急線は乗り換え混雑のため遅れて到着しましたが、品川を出た後は京急蒲田、T3、そして終点のT1/T2止まりの一番早い運用だったので、殆ど遅れは関係無く到着しました。羽田空港のT2 2Fも、お昼前の少し落ち着いた感じで、直ぐに保安検査場を通過して4Fのラウンジへ入りましたが、こちらもガラガラの状態でした。

1) HND 11:25 - OKA 14:15 (NH471)

使用ゲートが当日63番から隣りの64番にかわり、ラウンジの窓際の席が丁度その64番ゲートのほぼ真上でしたが、ゲートにはまだ飛行機が入っていません。10分位すると、しずしずとB777機がゲートに入ってきましたが、この時点で出発予定時刻まで1時間以上空いていたので、多分定刻出発出来るでしょう。暫くラウンジで時間を潰してから、ラウンジ南側出口の正面の64番ゲート前へと移動しました。

11:00少し過ぎ位から事前改札が始まり、家族グループが数組入場。その後すぐにグループ1からの優先搭乗で機内へと移動しました。以前だと、使用機材がB777だとほぼ旧シートの機体確定みたいな感じでしたが、最近はシートの換装作業も進み、この機体は新しいシート搭載の機材でした。搭乗プロセスは順調に進み、11:21にドアクローズ、5分後にプッシュバック開始、さらに5分後にはD滑走路のRW05へ向けて移動開始となりました。1機先行機の離陸待ちがありましたが、直ぐにRW05に入ると離陸開始したのが11:43と、ここ最近では一番スムースでした。

ブロッキングタイムが2時間24分と機内モニターに表示されますが、到着予定時刻はそれよりも15分位早い予想時刻が表示されていて、どちらを信用すれば良いのか悩みながら、まずは機内食を頂きます。丁度お昼の時間帯のフライトなので、久し振りに羽田発の幕の内弁当を頂きましたが、ホットミールの太刀魚の煮付けが魚臭すぎて手をつけられない状態だったのが残念。この主菜のホットミールは色々これまでも頂いていますが、どうにも美味しいと感じた主菜に出会った記憶がありません。肉にしても魚にしても、何かグズグズな感じで味付けも濃いし。

食事の後は機内Wi-Fiへ接続しようと思ったんですが、APは取れるんですがそこから「機内Wi-Fiへ接続」ボタンをクリックすると、ずっとグルグルアクセス中のフラッシュ画面が回り続けて、そこから先の認証画面が一向に表示されません。何回かやり直しても駄目なので諦めて、Kindleでダウンロードしていた書籍を読みながら残りフライトを過ごしました。

那覇空港には、沖縄本島を時計回りに回り込んで第2滑走路のRW36Lへと着陸。誘導路を移動して、33番ゲートに入ったのが定刻少し早めの14:14でした。機体の外に出ると、沖縄はもう夏の陽気ですね。羽織っていたブルゾンを脱いで小脇に抱えて、まずは所要のために出かけました。

2) OKA 16:50 - HND 19:30 (NH472)

接続時間が3時間近くあるので、少し早めに空港へ戻りマッタリしようかと思ったら、折返しの羽田からの到着機が、羽田出発時点ですでに15分位遅れています。多分こちらからの出発も10~15分位遅延するんだろうなぁと思いつつ、保安検査場を通過してまずはラウンジで席を確保します。平日の午後遅めなので、ラウンジはガラガラなのがありがたかった。その後、搭乗ゲートが33番から35番に変わり、出発時刻も16:50から16:55に遅延しましたが、そんなに大きな変更では無いしどうせ今日は羽田泊まりなので問題無しです(笑)。

頃合いを見計らってラウンジを出て35番ゲート前に行き、暫くすると事前改札が始まり、優先搭乗で中に入ったのが16:40頃でした。使用機材はB787-10で新シートの機体。ほぼ満員の様子でしたが、途中L2付近のトイレでトラブルがありCAさん達が少しドタバタして、「これは更なる遅延か?」とも思いましたが、何とかトラブル解決したらしく16:57にドアクローズとなりました。しかしこの後那覇空港混雑のため暫く待機となり、プッシュバックが始まったのが15分以上経ってから。その後反対側のRW36Rへと移動して離陸したのが17:27でした。


機内では食事を頂き、こちらの機体では機内Wi-Fiが繋がったのでメールチェック等して時間を潰しつつ到着を待ちました。順調にフライトは進み、気がついたらもう伊豆半島沖を大きく回り込むようにして房総半島に接近していきます。夕方遅めなので羽田空港は到着機の長い列が出来ています。搭乗機のNH472便も、結構大きく房総半島を回り込み、「あれ、もしかしたらB滑走路のRW22に降りる?」と思うくらいに反時計回りに回り込みますが、結構急に左旋回をして戻るような航路に。左側の列がA滑走路のRW34L進入の列だと思うので、こちらはC滑走路のRW34Rへ降りるのだろうけど、手前のD滑走路のRW05も離陸用に使っているので、そのタイミングを計ったような印象です。

結構大きな蛇行の後に、機首が北に向きRW34Rへと向かいます。直前にRW05から離陸したJAL機があり、もう一機くらい離陸させるかなと思いましたが、それはRW05手前でホールドされている様子。そのまま搭乗機はRW34Rへと着陸し、左の誘導路に出てUターンをすると、64番ゲートへと向かいました。結構遅れは取り戻した感じでしたが、ゲートに入ったのは19:33とやはり遅延の影響がありました。この後はT3のホテルへと移動して、先ずは1日目は完了です。

2026年4月2日

郷に入っては郷に従う

X上の書込が、Grokによる高品質の自動翻訳機能により急速に国際交流が進んでいるネット世界。一方で実社会では、そう言う便利なサービスはまだ存在しないので、こう言うちょっとした「自分達の常識」が通らないことで摩擦が生まれることも。 

私の知っている範囲では、アメリカでもスーパー等で会計前に購入した(購入する?)品物の口を開けて中身を食べて、食べながらその商品をレジに見せて会計するような光景を何度か見たことがあります。量り売りのお惣菜なんかでも、ランチボックスに入れて待っている間につまみ食いする光景は結構見ますよね。あれ、量り売りだから、つまみ食いした分は料金に含まれないことになるんだけれど、結構試食とかもさせてくれるので試食分と思えばお店側も納得するのかな(疑問)。ただ、自国ではそれが常識と言っても、同じ事が日本でも常識とは限らないわけで、特に商品に関しては今回のような勘違いあるいは思い込みは多いので、そう言う事は批判するのでは無く啓蒙していくべきだと思う。勿論、それは日本人が海外へ行く反対のケースもそう。

少し前に中国からのインバウンドが大量に国内に来た時に、その行動が批判されたこともありましたよね。例えば陳列している商品を勝手に触ったり押したりして駄目にしたり、品物を購入しないのにイートインスペースとかで長時間滞留したりと。しかも彼らの性格というか国民性から、こちらが注意をするとその倍以上の熱量で反論してきたり文句を言ってきたりするわけで、そこで怯むと向こうはますます嵩に掛かってくる。別に中国語でやり返す必要は無くて、兎に角日本語でどんどんまくし立てて相手が「今日はこれくらいで勘弁してやらぁ」とダチョウ倶楽部モードになったらこちらの勝ちです。

昔と比べてネットが発達して、事前に色々な情報も入手出来る時代にはなったけれど、だからと言って全ての人が同じレベルの同じ分量の情報に接しているわけでは無いし、さらにその情報をちゃんと理解しているわけでも無い。また「旅の恥はかきすて」じゃないけれど、日常には無い高揚感みたいなものも旅の時には感じるので、それでつい行動が利己的なものになってしまうことも。今回の騒動で全ては解決出来るとは思わないけれど、こういう事柄がマナーマーカーみたいな事象としてちゃんとネットで共有されて、インバウンドも国内で迎える側も互いの摩擦が減ることを願いたいですよね。情報空間の共有化が着々と進み始めたのだから、次はまずは気持ちの共有であり、さらには常識とか日常の共有が始まる事を期待したいですね。

April Kool

昨日の4月1日は、多くの日本企業では新年度のスタートで、さらに新入社員の入社式を開催した会社も多かった様子。昔はどこの企業も「4月1日入社」だったけれど、ここ10~20年位で中途入社も普通になって「秋入社」なんていうのも珍しく無くなってきました。でも、まだまだ日本人の心には「4月1日」というのは、何か新しい事の始まり、スタートの日という印象が根強く残っている気がします。

4月1日のもう一つの属性は「April Fool(四月馬鹿)」の日。ネットには、ビックリ情報が続々と投稿されて、さらに既存メディアや企業広告なども、一年間練りに練って来た企画と準備をしてきた「ネタ」をこの一日だけのために炸裂させていました。でも、流石に行きすぎも目立つようになり、最近では批判する声も大きくなってきてからか、今年の4月1日はいつもの平日とそんなに変わらない「ネタ」がネット上を静かに流れている気がする。「今年は、4月1日のエイプリルフールが禁止されました」みたいなエイプリルフールネタが流布されているような印象すら感じる位。

そんな中で、数日早く実現してしまったそれこそ「エイプリルフール」的ネタでもある「GrokによるX上のコメント自動翻訳サービス」が、一昨日くらいまでは殆どが英語-日本語の相互翻訳中心に見えていましたが、昨日は更にスペイン語とかフランス語とかタイ語とか韓国語とか、もう「言語」というカテゴリーがX上では消滅したかのような状況。しかもその翻訳された「日本語」の文章が、非常にナチュラルというか「いかにも」という雰囲気に翻訳されていて、もしかしたらGrokの少なくとも日本語版は「空気を読む」事も出来る隠し機能があるんじゃ無いかと邪推したいくらい(笑)。昔開発の仕事で間接的に音声認識とか自動翻訳みたいなアプリを見ていたことがあり、当時の翻訳品質は「訳あり」のお店でも売れないようなレベルだったけれど、ここ数日嫌というほどGrokの翻訳状況を見ていると、もう時代は完全に変わったなと感じる位。だって一連のスレッドを見ていて、全部日本語で表示されるから日本の投稿だと思ってみていると、小さく上の方に「 ○○からの翻訳」とか表示されているんですからね。

先日「スタトレの世界が実現する」と書いたけれど、少なくとも地球上の多くの場所ではそう言っても良いかもしれない。AI技術と組み合わせれば、音声認識からの自動翻訳での音声合成位は、もうあっと言う間かもしれない。ただその場合の課題はリアルタイム性がどこまで維持出来るかだろうなぁ。例えば日本語-英語翻訳の場合、語順がほぼ180度位違うわけで、所謂「逐次翻訳」はかなり難しい。X上の自動翻訳は、全ての文章が入力されている状態だから、日本語-英語の翻訳も一気に可能なわけで、やはりスタトレのように同じ言葉を話しているようにリアルタイムに互いに会話するのはまだまだ無理そう。でも、例えばその話者の癖とかよく使う言い回しとか、そう言うものを翻訳AIが学習すれば、日本語で喋っている間に有る程度先行翻訳して、リアルタイムとは言えなくても昔の海外中継の音声の遅れ位には出来そう。まだまだ夢想レベルだけれど、そんな技術が実現したら今年の4月1日は「April Fool」ならぬ「April Kool」と言われるようになるかも。

国旗毀損罪

国旗毀損罪に関しての議論が国会で行われていますが、色々な人の賛否の話を聞いているとどうも腑に落ちない話も。既に外国の国旗に関しては、それを毀損した場合の罰則規定も決まっているのに、何故か日本国国旗に関してはそう言うものが無いので、現在色々と審議されているわけですが、罰則規定を設けないという話もあるらしくて、それならなんで毀損罪なんていう法律を作るのか困惑します。

そもそも論として「国旗」なる物の定義はあるんだろうか。国旗のデザインとかと言う意味では無く、「これは○○国の国旗として正式に扱われるものです」という定義はあるんだろうか。「国旗」として購入したら、それは全て「国旗」と思っていいんだろうか。例えば、自分で似たようなデザインのものを描いたら、それは「国旗」とは言えない気もするけれど、人によっては精密に描画できる人も居るだろうから、そうなると仮に「手作り」であっても「国旗」相当と言えそう。じゃぁ、そうやって星条旗を作って、それを毀損したら罪に問われるのだろうか。そもそも「国旗」として認証されたものの定義が不明なわけで、それを決めないと「国旗を毀損した」のか「国旗を真似た図柄をデフォルメした」のかの区別も分からない。

日本国国旗にこれまで毀損罪が無かったのは、表現の自由との兼ね合いからという説明をよく聞くんですが、それって外国の国旗だって同様ですよね。 何かの番組で、外国の国旗に罰則があるのは、例えば大使館とかで掲揚されている国旗を毀損した場合に罪に問われると言っていたけれど、なら国内の官庁とか政府機関で掲揚されている日の丸だって同じでは。あるいは、日本国国旗を日本人が弄ることは「表現の自由」というならば、外国人が日の丸を毀損した場合はどうなんだろうか。

日本国国旗だろうと外国の国旗だろうと、例えば公的な施設等で掲揚されているものに何か行動したら、それは器物破損でしょう。どこの国の国旗でも、火を付ければ放火罪かもしれない。ビリビリに破いてそのまま捨てる、あるいは地面に置いて踏みつける行為は不法投棄かもしれない。別に国旗で無くても、同様の行為をしたら罪になるのであれば、それが国旗でも同様だと思うんだけれど。それを特に「国旗に対しての毀損」というルールを作るのであれば、まずは「これが公式に『国旗』と呼べる物体です」という定義が必要じゃないだろうか。その上で、例えば外交上望ましくない行為だとか、一般常識を逸脱すると想像される行為だとか、公序良俗に反する行為というものに対しては、「国旗」というある意味その国を代表する存在に対してより厳密な対応があっても良いと思う。で、そこには「国旗」なのだから、日本の日の丸もアメリカの星条旗も区別は無いと思うけれど。

2026年4月1日

報道したくない自由

彗星のように現れて、今やネット言論界でもトップの知名度と信頼を獲得している、元朝日新聞政治部記者の今野忍氏。この選挙ドットコムちゃんねるのコンテンツも視聴しましたが、この辺野古でのボート転覆事故に関しては、産経新聞以外報道しないメディアの姿勢にかなりお怒りの様子。 

同じくノンフィクションライターとして著名な石戸諭氏も、この事件に関しては当事者側の対応の無さやそれに沿うようなメディア対応の無さにかなり不信感を持っている様子。確か選挙ドットコムちゃんねるで、山本期日前氏との対談の時にも、かなり熱の籠もった批判を展開していたと思います。

兎にも角にも不思議なのは、自分達の教え子が犠牲になっているのに、修学旅行の責任者たる学校側が多分一度記者会見を開いただけで、その後の対応が全くと言って良いほど伝わらないこと。無事だった学生さん達も、骨折など重症な人も居たようだし、なんと言っても友人が亡くなったという精神的な負担は大きいはず。個別の名前は出さなくても、例えば重症で入院していた学生が無事退院したとか、精神的に登校できない生徒にはカウンセラーを派遣して状況を見ているとか、そう言う「回復の道筋」に関しては伝えるべきなのでは。また、旅行手配等はツアー会社や現地担当者へ丸投げしているような言い訳をしていたけれど、ここまでの情報だと最近始まったことでは無く、かなり前から同様の旅行は実行されていて、某宗教組織関係者で学校関係者でもある人物の介在も言われている。学校側は第三者委員会を立ち上げると言うけれど、その人選にしても疑問を持たれているわけで、何かこのまま有耶無耶にして終わろうという意識が見え隠れしている気がします。

亡くなった船長や、現地での担当者の中には、日本最大のキリスト教系宗教団体関係者とも言われているけれど、それって少し形は違うかもしれないけれど、あれだけ世間一斉に批判を展開した(させた?)、所謂統一教会の問題と同種の問題と言えるのでは。つまり、宗教団体という地位や社会的優位性を利用して、無理な勧誘あるいは知識の刷り込み(オルグ)行為という部分は同じだと思う。統一教会があれだけ批判されて解散命令まで出されたのであれば、今回の事件に関しても先ずはその関連していると思われる団体がちゃんと会見をして、さらに自分達自ら身の潔白なり問題点の洗い出しなり、もっと積極的に問題解決を示す義務があると思うのだけれど、そんな様子は全く無い。どうも、その団体の中にも色々なグループがあり、その中でも過激な部類のグループが今回の関係者達という話もネットには流れていたけれど、だとしてもその団体に所属しているあるいは一部であるならば、それはその団体全体で対応するべき問題だと思う。

で、更に疑問なのは、地元でこれだけ大きな事件が発生しているのに、とうの沖縄県の知事にしてもメディアにしても、殆ど取り合わずに、やはりこちらもこのまま有耶無耶にしてほとぼりが冷めるのを待っているかの様子。特に玉城デニー知事は秋の知事選への影響を考えて出馬宣言も保留中だけれど、出馬するのであれば先ずはこの問題に関して自らの立場表明と解決をしてからじゃないだろうか。沖縄には色々な事情があることを理解しても、それ故に自分達が都合よく利用してきたこれまでの矛盾が一気に表面化した事件のように感じます。

オイルショック in 令和

ホルムズ海峡閉鎖による、中東からの石油輸入が事実上止まっている現在。その状況は、自分くらいの世代だと1970年代の「オイルショック」を思い浮かべるわけですが、今考えてもなんで石油輸入が止まるからとトイレットペーパーの争奪戦が勃発したのだろうか。トイレットペーパーが石油由来の製品ならまだ理解出来ますが、素材は違うしあえて言えば製造用のエネルギーとして石油が必要と言う事は有るだろうけど、それはどの工業製品に対しても同じ事。結局は、無関係な事象が引き金になって、それが一気に全国に広がったということなんでしょうね。

で、当時の様子と比べて、多分今のホルムズ海峡の状況は通過する観戦が直接今日に晒されていることから、1970年代のオイルショックに比べて状況的には深刻だと思います。確か当時の中東石油への依存度は90%位だったけれど、現在は95%と増えていることもあるし。ただ、当時の経験から石油備蓄は大幅に増加しているし、調達先の変更なども進んでいるように見られます。当時は、メディアがトイレットペーパー不足を報道すると、どんどんそれが日本中に広まっていってパニックを醸成しているような感じでしたが、現在は同様に石油が入ってこないとメディアが伝えても、そんなにパニックは生まれそうには見えません。

別に政府の肩を持つつもりは無いけれど、やはり政府が丁寧に備蓄放出やその他対策を細かく伝えていることが大きい気がします。また、いち早く補助金を支給して市中のガソリン価格の急騰を抑えていることも、国民感情に対しての沈静化に大きく役立っている気がします。ただ、石油は備蓄放出もあり通常通りに供給されているはずなのに、何故かそこから製造される石油由来製品が足りなくなると言う現象は何故だろうか。海外で製造していて、そこがホルムズ海峡の影響を受けて輸出が滞っているならまだ理解出来ますが、そう言うものばかりでも無いようだし。新しく新規に担当大臣に指名された赤沢大臣は、医療関係にしても必要な在庫はちゃんとあり、流通の混乱から今は配送が間に合わない部分もあるが直ぐに是正されると言うような発言は、もっと取り上げられても良いのでは。

この状態が更に数ヶ月続いたときにはまた状況は大きく変わっているだろうけど、今現在は突然のイラン侵攻で混乱していることは有っても、そこで影響を受ける部分に対しては政府はよく手当てしていると感じます。メディアは、どうしても否定的な部分を取り上げて注目を引こうとするけれど、そういう部分もあるかもしれないけれど、それ以外の部分もちゃんと精査して、全体として何が課題・問題なのかちゃんと伝えて欲しい。今に始まったことじゃないけれど、メディア自身が混乱や不信感を生み出して拡散していてはもうどうしようも無い訳ですし。そう言う意味では、1970年代とは異なりSNSが発達していてメディア以外の情報環流もあるから、そういう部分でも以前のようなパニックが抑えられているように感じます。やっぱり、困った時には頼れるのは先ずは「情報」だと再認識しました。

豪雨の一日

1月2月は、殆ど雨が降らず各地で渇水対策が叫ばれていたと思うのですが、3月に入り特に昨日は「豪雨」と言っても良いくらいの強い雨がほぼ一日降り大変でした。事前の天気予報でも、火曜日は一日強い雨模様の天候と言われていたので、前日までに食料など準備しておき、昨日は一日「完全自宅警備員」モードでした。

そんな完全蟄居みたいな中で唯一の例外が、朝一で可燃物のゴミ出しに出たとき。朝から結構強い雨が降っていて、それは事前に予想されていたので前日夜に出しておけば良かったかなともこの時は後悔しましたが後の祭り。可燃物のゴミをまとめて、雨の中を傘をさして近くのゴミ集積場へと向かいました。自分の地区のゴミ集積場は、回りが田圃の中にありその田圃に水を引く用水路の上に設置されています。「用水路」と言っても結構広く深いもので、幅・深さはそれぞれ1m位はあるかなぁ。多分幹線水路の一つだと思います。ここ最近は雨が殆ど降らない状態が続いていたので、底が見える位の殆ど水が無い状態でしたが、昨日のゴミ出しの時に見てみると8割位まで水量は上がっており、凄い勢いで流れていきます。久し振りにあんな水流を見てビックリしながら、可燃ゴミを出して足早に自宅に戻りました。

今朝のニュースでは、昨日の浜松は一日で115mmの豪雨になり、各地で冠水している場所もあった様子。更にビックリしたのは、雨と雨と強風で東海道新幹線の熱海-新富士間で一時運休したようですね。明日は新幹線で出かける予定があるので、何とか天候は戻って欲しいところ。今の所、今朝の天候は昨日の影響は消えていて、少し晴れ間も覗くような春らしい空模様。でも天気予報では、今日のお昼くらいからまた雨模様の天気に戻るらしい。明日の朝までにはその雨も上がる予報なんですが、何とか出かけるまでには雨が上がって、余計な荷物の傘無しでも出かけられることを祈っています。

少し前には、愛知県(東三河地方)の渇水対策支援で、天竜川上流の水を豊川用水経由で供給することがニュースで報じていましたが、昨日の雨でかなり回復したんじゃ無いだろうか。でも、各地で水が無いと言いつつも、浜松というか遠州地方はやっぱり天竜川があるから、まだ多少なりともそういう余裕もあるんでしょうね。リニア新幹線工事では大井川の水が問題になったけれど、静岡県は大井川に天竜川にと、大きな水系が南北に流れているから、国内自治体の中では渇水に強い地域なのかも。水が多いにしても少ないにしても、ほどほどを願いたいけれど、そうは行かないのが自然の難しく厳しいところですよね。暫く雨模様の天気が続きそうだけれど、ほどほどでお願いしたいです。 

2026年3月31日

BBQの思い出

ネットを騒がす日米BBQ談義。私もアメリカ出張中に何度か向こうのご家庭の食事に招かれて、その中には裏庭にBBQグリルを出してのBBQパーティーみたいなものも有りました。日本でBBQというと、少し小さめのテーブルくらいの焼き網を出して、その上で肉や野菜や海鮮を焼きますが、向こうはダイニングテーブルくらい大きな専用グリルがどの家庭にもあって、それを多い場合には2台とか3台とか並べて、左はビーフ、真ん中はソーセージ、右はまたビーフの別の部位みたいな感じで、数日前から仕込んで当日はその家のお父さんしかグリルに触らせてくれない。日本で言う所の「鍋奉行」「すき焼き奉行」みたいな「BBQ大統領」みたいな印象でした。

一度会社のレクリエーションで、仕事をお昼前に打ち切って、午後からは会社近くにあった屋外ステージ付きの大きなレクレーション施設に全社員集まって、そこでBBQパーティーが開かれたことがありました。BBQグリルを内蔵したような日本で言う4tクラスくらいのトラックが5~5台並んでいたかな。多分朝からBBQの準備をしていて、お昼過ぎ位に会場に行くと、どのトラックからも美味しそうな肉の臭いが立ち上り、アメリカでよく見る白いスチロールのランチボックスに、山盛りのBBQ肉と付け合わせでフレンチフライか皮付きのフライドポテトを入れてくれて、それを別テーブルで配布しているソフトドリンク(流石にアルコールは駄目だった)を受取、むしゃむしゃ食べるみたいな午後でした。勿論、お代わり自由でしたが、日本人は最初の一杯ででも多いくらい。

実はBBQと最初聞いた時に、日本のイメージしか無かったので、所謂大きな串焼きみたいなスタイルや、ステーキ肉を網の上で約物と思っていました。でも、配布されたBBQは今で言う所のサラダチキンとかほぐされたツナみたいな形状の肉。「えっ、これがBBQ?」と疑問だし、後食べてみて「うーみゅ、これは牛(ビーフ)ではなく豚(ポーク)じゃないだろうか」と更に疑問は深まったのでした。で、後から聞いたらBBQと言っても色々スタイルがあって、大きくは4種類あるらしい。

  • テキサススタイル:
    牛肉(ブリスケット)を塩胡椒のシンプルな味付けで燻製したように長時間調理したもの。多分日本人のBBQ感に一番近い気がする
  • メンフィススタイル:
    豚(スペアリブ)を焼いたもので、味付けはスパイス系や日本でお馴染みの甘めのソース味などあるらしい
  • カンザスシティスタイル:
    牛豚鶏等特に肉の種類は問わず、日本で言う所のBBQソースをつけ焼きしたもの
  • カロライナスタイル:
    豚(丸焼き、肩ロース)を長時間低温で焼いて、焼けた肉を繊維状に細かくほぐして、酸味のきいたマスタードソースで味付けしてパンに挟むなどして食べる。
私がこの時経験したのが最後の「カロライナスタイル」で、並んでいる焼き網の上には、豚が丸々一頭横たえられて焼かれていて、それを起用に大きなナイフとフォーク出切り分けてほぐして、肉の塊では無く繊維状にバラバラにほぐしていくんですよね。そのほぐされた肉繊維の固まりを、ランチボックスに入れたり、大きなホットドッグ用のパンに挟んだりしてくれるんです。ですから、かなりBBQのイメージとは自分的には程遠い印象でした。元々仕事で行っていたNorth Carolinaは農業州で、そこから興行へと脱皮しようとして大規模な工業団地を造成していて、そこに出張先の研究所とか有った時代。で、牛だとAngus Beefが有名で美味しかったし、豚もこの時もそうでしたが、よく行く日本料理屋で出されたトンカツも美味しくて、「アメリカでは珍しく豚肉も美味しい州」というのが、自分の勝手な印象です。昔「アメリカのバーボンメーカーを巡るツアー」というのがあったけれど、今回の盛り上がりで「アメリカBBQを巡るツアー」もJTB辺りから登場するような気がする。

スタートレックの時代

突然始まったX上での日米BBQ談義が、日米の文化比較や社会問題さらには「Kawaii談義」や、第二次世界大戦・太平洋戦争前後から現在に至る日米関係に関して等、壮大な規模での日米融和というかそれこそ国民一人一人レベルでの対話に成りつつあります。その一番の功績は、日本語-英語、双方向の翻訳機能を提供しだしたX(ex-Twitter)なのは間違いありません。世界的にはTiktokやInstagramその他新興ツールに押され気味だけれど、日本国内ではLINEとXは最大規模のツールですし、アメリカでもXはそれなりの存在感があるから、行ってみれば世界でトップ2のXユーザー圏同士が、それまでの言語障壁が無くなった途端に大規模かつ好走でデータ同期を始めたようなもの(恐ろしい...)

どうもこの翻訳機能を実装したのは、日本人のエンジニアの方らしいのだけれど 、いゃぁとんでもないことをやってくれたなぁ(賞賛)。凄いのは、Grokがただ単にリアルタイムに日英翻訳しているだけで無く、ちゃんと日本語のニュアンスや英語のニュアンスも含めて「翻訳」してくれていること。「翻訳」という範疇を超えて、日本語英語というこれまでの区別が、それこそその言語の方言レベルにまで落とし込まれた気がする。しかも「方言」と言っても、例えば日本語の標準語と関西弁との違いほども無くて、それこそ「東京弁」と「千葉弁」「神奈川弁」埼玉弁」くらいの差分と言っても決して大げさじゃ無い気がする。

今はXというプラットフォーム上で、バックグラウンドでGrokが一生懸命仕事をしているのだけれど、酷なようだけれどもう少し頑張ってくれないだろうか。つまり、今は日本語英語でテキスト入力しているわけだけれど、それを音声入力で同様に入力されたら自動翻訳して、その翻訳後の文章をテキストスピーチで流して欲しい。そうすると、ほぼリアルタイムの日英会話が成立するんじゃ無いだろうか。勿論、既に似たような同時通訳サービスやツールはあると思うんですが、今回何が印象的だったかというと、Grokが凄く自然な日本語に(多分英語にも)翻訳していて、そういうところまで実装しているようなツールやサービスは、自分はまだ知らなかったから。だから、その「良い部分」を何とかもっと広い範囲に実装できないものだろうか。

スタートレックの世界では、確か耳のところにインプラントが挿入されていて、地球上の言葉は勿論、標準的な宇宙の言葉も自動的に翻訳されて、普通に会話することが可能に。(P.S.あれって、だから相手も聴覚部分に自動的に翻訳されるインプラントなり機能を実装していると言う前提なんですよね?!) 話し言葉と書き言葉の違いはあるけれど、ここ数日の様子を見ていると、ちょっとスタートレックのあの世界観がちょっと見えた気がして個人的にワクワクしています。サテ、今回の日米文化交流はどこまで広がるのだろうか。明日は4月1日なので、とんでもない話があちこちで炸裂して、多分Xの一日のトラフィック記録を大きく書き換える気がする。

2026年3月30日

魔改造の国

X上に投稿された、とある米軍基地のある街の焼き肉屋さんで、焼き網の上で炭火で炙られるベーコンに狂喜する米兵の様子を描いた投稿が、アメリカの「BBQ文化」に共鳴して日米間での「BBQコミュニケーション交流会」の様相を見せてきた中の一つの投稿。 

BBQという典型的なアメリカ料理が日本で流行るだけで無く、その文化的背景を尊重しさらに自分達好みに改善改良していき、本家とは異なるものの親和性の有るものに昇華させていくのは、日本人が得意とするところ。日本人的気質の面白いと思うのは、一つはオリジナルを尊重して徹底的にそれを堅守する場合も有れば、そこから独創的な「和風風味」を追加したり、逆に異なる「洋風風味」を添加して似て非なるけれど決して改悪では無いものへと脱皮させていく二つの流儀があることだと思います。例えば食べたことの無い人も多いドイツの「バームクーヘン」は、日本では普通に食べられる洋菓子の一つだし、最近では色々とデコレーションされたり色々なフレーバーの物が作られたりと、本家のドイツ人が日本に来てビックリするくらい。クレープだって、本家のフランスではシンブルな物が殆どなのに、日本ではワンハンドスイーツとして、もはや日本独自のスイーツと言ってもいいかも。一番典型的なのは「ラーメン」でしょうね。本家の中華料理の中にも、スープに麺を入れた料理はあるらしいけれど、スープに独創的な味付けをして、そこに麺を入れて具材を追加して「ラーメン」に昇華させたのは日本の職人達。そこから、スープに拘り、麺に拘り、具材に拘り、さらにはラーメンを丼一杯の食事からコース料理にしたりとか、色々魔改造されているのはよく知られているところ。

確か中国の人が日本に来て驚くことの一つに、もう中国では無くなりつつある寺社建設が、日本では当時のままに残されて勝つ利用されていることと聞いたことがあります。中国の場合、体制的なこともあるから仏教排斥が酷かった時期もあるけれど、日本の場合は自然と生活の中に溶け込むような形で連綿と存在していますからね。アメリカだって、BBQだけで無くハンバーガーとかもそうだし、ラーメンだけで無く「中華料理」そのものが日本では国民食に近い物があるし。かなり乱暴な言い方かもしれないけれど、日本人って新しい物に目がない上に、その新しい物が直ぐに陳腐化するというか、自分一人の独占から少数でも広がってしまうと、もう次の「新しい物」を探そうとするDNAが埋め込まれているんじゃ無いだろうか。それが、一度手にしたものをどんどん魔改造していく気質にも繋がっているような気がする。

子供の頃によく読んでいた書籍に、「カラクリ儀右衛門」こと東芝(芝浦製作所)創業者の田中重久氏の伝記とか、平賀源内の話とかあって、子供心にワクワクする気持ちにさせられて、それが田舎にいながらゲルマニウムラジオの制作から電子ブロックに嵌まり、アマチュア無線免許取得にマイコンからのエンジニア人生に繋がったのは、ある意味典型的な日本人のキャリアパスかも(笑)。織物だったり、染め物だったり、陶芸に細工に、同じ様な話ってもうその人一人一人に存在していると思うなあ。そうそう、浜松市の子供の副読本として昔読まされた「日本楽器製造(ヤマハ)」の創業者、山葉寅楠の逸話にしても、元々は地元の小学校に納品されたオルガンの修理が切掛で今のヤマハに繋がるのは、Japanese Career Pathの典型と言えるそう。BBQに限らず、日本には各国の名店と並ぶような西洋料理や東南アジア料理店が多いのも、同じ理由なんでしょうね。しかも、そういう名店のシェフの結構多くの人は現地での修業経験が無く国内だけの経験で現地に並ぶものを調理してしまう。それって日本人のDNAとともに、日本という国の環境というか雰囲気というか、まさに国のDNAからしてそういうものを備えているんじゃ無いだろうか。それが日本の醍醐味のような気がする。

チームみらいの未来

 ReHacQで公開された、チームみらい関係のコンテンツ二つ。最初はチームみらい安野たかひろ党首と、高橋P、今野忍氏のまったり対談。もう一つは、今回の手技院選挙で当選したチームみらい所属議員である、河合みちお議員、うさみ登議員、みねしま侑也議員と、同じく高橋P、今野忍氏との対談。先の参議院選挙で安野党首が初当選をして、その既存政党とは一線を画すような政党姿勢に個人的に興味が有りましたが、今回の二つのコンテンツを視聴して、ますますその思いは強くなった気がします。

どちらも4時間を越える長尺のコンテンツなので、まだ全部は視聴出来ていないけれど、前半半分位迄見たところでも、やっぱりこの新興政党面白いなぁという感想と、それ故に既存政党に飲まれないように祈りたい気持ちが混在しています。後者に関しては、安野氏の回で話していましたが、既存の国会組織に合わせて政党内部の組織構成や人事配置をする時に、デジタル技術を前面に押し出す新興政党らしく、既存の仕組みや名称に拘らないアイデアも出たけれど、結局は何も知らないのだから先ずは現在の状況を理解するためにも、既存の組織を尊重してそれに合わせたという話は凄く良く分かる。

例えば新しい画期的なソフトを開発したとしても、先行ソフトが有る場合その先行ソフトとの類似性があるかないかで、どんなに良いソフトでも乗り替えしてくれるとは限らない。UIやI/Fを「よかれ」と思って変更してしまうと、既存ユーザーから総スカンを受けるのは良く有る話。また「組織改革」の時に良くあるのが、効率化とか先進化・機械化を謳って新規に構築してしまうと、やはり既存のプロセスになれた既存ユーザーには受け入れられない。面倒なんだけれど、先ずはそういう部分は一致させながら、少しずつ新しい方法に移行していく、ある意味「だまし絵」みたいな方法で時間を掛けて移行するのが、結果的には一番成功する方法だと思いますね。

新人議員の回では、21年振りに衆議院議員に復帰した、うさみ登議員の存在が新興政党にとってはかなり重要だなと感じました。安野氏を、若くして有る領地の当主と想定すると、このうさみ氏はその幼い当主を支える「筆頭家老」みたいな感じかな。21年のブランクはあれど、新進党に始まりある意味国内の政治が大きく変化した時代の中で裏方も含めて活動していた経験は、今回新しい波を生み出すことに関しての良き経験値として行かされそうな気がします。実際途中までの話を聞いていても、やはり左右に座る新人議員二人とは同じ様な発言をしても言葉の深みというか厚みが感じられる気がする。彼のスキルが、若い11人に上手く移行されると、この政党は「山椒は小粒でもピリリと辛い」という存在になりそう。政治的な方向性や意見以上に、特異なデジタル技術を生かした「政治機構改革」だけでなく、「政治情報革命」みたいなことも目指して欲しいですよね。例えば「政治解説AI」みたいなものを準備して、誰でもいつでも今の国会の様子や内容を質問すると簡単にまとめた際新情報などを解説してくれるようなAI。既存メディアの、かなりバイアスとトリミングされた画一的な情報ではなく、多彩な切り口や視点を提供してくれるような政治AIを是非つくって欲しいなぁ。残りも早い内に視聴しないと(大変だ)。

2026年3月29日

翻訳した意味

以前から気になっていたことではあるんですが、最近ではJRや私鉄の駅名が複数の言語に翻訳されて表示されています。例えば、基本の日本語に、英語、そして中国語(簡体字)、韓国語、台湾語(繁体字)というのが、特に関東の私鉄でよく見るパターンだと思います。

それぞれの国の文字で書かれているのですが、気になるのが日本語の「漢字」とは似て非なる、中国語の「簡体字」と台湾や香港で使用されている「繁体字」。台湾の反対時は、日本語の旧字体みたいな漢字なので、日本人でも何となく見て意味が理解出来るし、以前何度か仕事をした台湾のエンジニアも「日本語は繁体字に近いので、殆ど意味が分かる」と言っていました。それに対して中国(中華人民共和国) で使用されている「簡体字」は、所謂「漢字」を簡略化したもので、イメージ的には日本の漢字が「楷書」とすれば「草書」みたいな漢字と言えば、当たらずといえど遠からずじゃないだろうか。ただ、元の文字を簡略化したものだけで無く、新しく作った文字も多いので、日本人が見ると同じ「漢字」だと思って見ても理解出来ない文字も多いですよね。台湾のエンジニア達は、当時(30年以上前)でも中国本土に進出(提携企業への出向とか合弁会社で)していたので、結構慣れているみたいで、彼らは殆ど問題無く理解出来るようなことを言っていました。

気になったのは、例えば駅名が繁体字や簡体字で書かれた場合、それってそれぞれの国の人達に本来の意味で伝わっているのか、ということ。例えば山手線の「高田馬場」駅は、簡体語だと「高田马场」。「渋谷」は「涩谷」と、一部の文字(漢字)が異なるわけです。それって、日本の漢字で書かれている漢字を、現地の簡体字と交換しているのですが、壮だからと言って「高田马场」が「たかだのばば」と発音されるわけでは無いし、「涩谷」も「しぶや」彼の地の発音が変わるわけでは無い。「涩」が日本では「渋」と書かれることを知っていれば、「涩谷」が「渋谷」だと理解出来るだろうけど、逆になれていない多くの人は「涩谷」という表示を探して混乱するんじゃ無いかと思うんですよね。例えばアメリカの「New York」が日本人にも分かるようにと漢字で「紐育」と並記されていても、日本人はその漢字の意味は理解出来ても、それが「New York」や「ニューヨーク」の事とは理解出来ないのと同じ事が発生しないかと感じるわけです。

インバウンドの急増に伴い、案内や標識の多言語化が各地で進んでいるけれど、漢字圏の翻訳、特に今話題(問題?)になっている中国からのインバウンドにとっては、余り参考になっていないと思うのは自分だけ? 確か韓国語の場合は「しぶや」の発音を韓国語に置き換えて「시부야」と翻訳するから、「渋谷」→「しぶや」→「Shi-Bu-Ya」→「시부야」と変換出来るから、これは慣れれば分かると思うんですよね。でも中国語(簡体語)の場合は違う文字が当てはめられているわけだから、同じ場所の名前とは理解しづらいのでは。また、駅から外に出ると、そんな多言語サービスされている場所はかなり少ないわけで、となると逆に親切心で翻訳したけれど、本来の「渋谷」の表記になれて貰った方が実は有効なのかもしれない気がします。最近では、スマホで撮影すればほぼリアルタイムで翻訳される時代だから、そういうニーズもどんどん減ってくると思うけれど、その分本来の日本人が読みやすい表記に戻して欲しいと思う。